うなぎばか

人間の手によって滅ぼされんとするうなぎたち。おいしいけれど、おそらくもう食べられなくなる。この小説はそれを見越した(?)ポストうなぎ小説である。

うなぎで思い出すのは1年前くらいの土用の丑の日。おばあちゃんが「食べられなくなる前に孫に食べさせたい」と言いながら蒲焼を買い込んでいた。これをワガママと笑い飛ばすことはできなくて、「大切な人を優先する」という思いは本当にいろんなものを傷つけるんだなあ……としんみりしてしまった。

この小説はうなぎが滅びたあとの話ではあるけれどうなぎがテーマになっている。だから、登場人物たちはうなぎのことを知っている世代ばかりだ。ちょうど今くらいに生まれた子たちから、うなぎを食べる経験が得られなくなるのだろう。彼らは旧世代がどうしてそんなにうなぎを渇望しはちゃめちゃするのかきっとわからないんだろうなあ、なんて本に書かれていない部分を想像していた。あの日の「ただ家族を最優先するだけ」のおばあちゃんのことを考えながら。人間に愛されながら優先されなかったうなぎのことを考えながら。数字をデクリメント。

倉田タカシの小説は文字が持つ見た目の質感とイメージが合致した言葉が多い気がする。一段落で小さな物語になっているような文章を書く。ツイッターっぽい。そういえば「うなぎ」っていう文字は動物としてのウナギに似ていますね。

<動くお墓という考えは、面白いね。考えてみたら、なんだか、とてもいいことのような気がしてきたよ。忘れてほしくないから、自分からいろんなところへ行って、「忘れないで」っていうんだね>