イメージの顕現についておぼえがき――騎士団長殺し

騎士団長殺し』を読んでちょっと気づいたことを書き留めておく。

村上春樹の作品の主人公たちはちょっと特殊な人たちに見える。やたら丁寧な暮らしをしているし、思考の跳躍が何度も見られる。それを象徴するのが、服装についての細かな描写である。服の色や素材、種類に至るまで、新規の登場人物が登場したとき必ずそれが描写される。私が服に頓着しない性格なのでなおさらそう感じるのかもしれないけれど、他の人が着ていた服を事細かに覚えている人ってあまりいないのではないか。その積み重ねが、主人公たちの非現実性を生んでいるのだと思う。

騎士団長殺し』の主人公でもそれが行われているけど、いつもと使われ方が違う気がする。過去の作品以上に丹念に服装の描写がなされているが、これは主人公の特殊性を外部から観察するためではない。画家として特殊な目をもつ主人公の視点をハックさせているのだ。この作品で扱っている「思考やイメージや幻想の顕現」を体現するために、意図的に入れているのだろう。主人公の「よく見える目」を通して、僕らはイメージを自分の目で見ることになる。