ニルヤの島

なるべく好きなものの話だけ書いていたいものだけれど、苦手なものや嫌いなものの感想のほうが筆が進んでしまう。性格が悪いのだと思う。今日は好きなものについて書こう。

というわけで『ニルヤの島』を取り上げる。見た目も性格もなかなか濃い柴田勝家(作家)の初刊行作。己の人生をいつでも叙述できるようになった世界では、死後の世界や宗教という存在がなくなっていた。そんな中、文化人類学者のノヴァクは、ミクロネシアの経済連合体にて死後の世界を語る老人に出会う……という話。
それぞれの章によって視点が異なり、時系列もバラバラになっている。それは、世界がナラティブな視点で語られるようになった人類の主観にも近似している。この断片化と並び替えが世界の根本に欠かせない世界を描いているので、あたかもそれを追体験しているような気分になる。ただ、話を通して理解するには何回か読み返す必要があるだろう。

そもそも、死後の世界がなくなるとはなんなのだろう。死後の世界は生者にしか存在しない。そんなことはみなわかっているはずだ。信仰の種類や強度は人それぞれだけど、自分が信じていることと死後の世界が不可分であることは明確である。私は、世界の物語化によって自分の思考に間隙が生まれなくなり、それによって死後の世界を信じる余地がなくなってしまったということなのではないかと理解している。多数の人間の意識が集合することで、死後の世界が「生まれ直す」という過程は、電子の海による宗教の誕生を見るみたいでどきどきする。