エクソダス症候群

宮内悠介はSF・ミステリ・純文学とジャンルを超えたレーベルで作品を重ねる作家である。その中心にあるのは結構エモーショナルな動機と、それに肉付けする資料を読み込む粘着気質にあるのかもしれない。

エクソダス症候群』は、精神疾患とその治療に関わる根本的な疑問を、エモーショナルな問いからスタートさせ、ミステリに昇華した話だ。私は心理学を少しかじっただけの人間だけど、こころの病気というものがどれだけ調べても、触れても、そして自分が罹患してでさえもふわふわしたものであるという感想は一貫している。こころの病気は、患者からも、治療者からも、家族からも、外部の他者からも、どう触っていいのかわからない爆弾のような存在として扱われる。

こころの病気を作品として扱うために、宮内悠介は架空の病気と舞台を用意した。火星の精神病院。病気とは環境と表裏一体だから、環境が変われば異なる病気が表れるし、もともと存在した病気ですら異なる形態を見せる。だから、患者や治療者が未知の病気をどう「自分たちのもの」にしていくかという過程を描けるようになる。

そう、病気とうまく付き合うためには、どう触っていいのかわからない爆弾を「自分たちのもの」として内化する必要がある。その理解は、実際に病気と付き合ってみた手触りからくる、なんというか直感的なところに由来する(頭のいい人なら実例から推測できるのかもしれないけれど、実感するためにはやはり直接触れる必要があるだろう)。その疑問と糸口をエモーショナルな動機として、物語が動いていく。

また、いかに実感したとしても、それをきちんと説明するためには国内外の資料を読み込む必要がある。文章を読み、実感と結びつけていくためには、かなりの熱量が必要だ。執着と言ってもいい。こころの病気をこの視点からきちんと具象化している本はあまりない。宮内悠介がそれを可能にしているのは、その両軸を持っているからだろう。